安部榮四郎記念館

Abe Eishirou Kinenkan

山陰いいもの探県記

一覧

安部榮四郎記念館

手すき体験にも挑戦 和紙と民藝の博物館

Youtube 動画

蛍の棲む紙すきの里に建つ
人間国宝・安部榮四郎の記念館

島根県松江市を走る意宇川の上流、東岩坂川が流れる山間の小さな集落は、蛍の棲む出雲和紙の里。

美しく澄んだ水が豊富で、紙すきの原料となる楮や三椏が育つのに適した土壌であったこともあり、当地では、江戸時代の中頃から紙すきが始まり、最盛期には30軒の紙すき屋があったのだそう。けれど明治時代になると、廉価な機械製紙の普及によって紙すき屋の数は激減、1軒を残すだけになってしまったのです。

そんな出雲和紙の未来を案じて立ち上がったのが、幼少の頃から家業の紙すき屋を継いでいた安部榮四郎(1902~1984)でした。

安部榮四郎は、古来の原料と技法を用いて雁皮紙をすく功績が認められて、昭和43年(1968)、国の重要無形文化財雁皮紙保持者、つまり人間国宝に認定された出雲が誇る職人です。

伝統技術の良いところを残し、さらに現代感覚を加え、研究に研究を重ねて、出雲の和紙「出雲民藝紙」を誕生させた榮四郎は「和紙文化の革命児」とも称されています。

安部榮四郎記念館は、昭和58年(1983)、和紙を育てて後世に伝えようと設立された、和紙の博物館です。
1階は紙の歴史を中心に、2階は民藝を中心に、それぞれ展示されています。

案内役は、榮四郎の「心と技」を受け継ぐ安部信一郎さん。榮四郎のお孫さんです。
「祖父とは、10年ほど一緒に仕事をしています。言葉で何か教わったというより、祖父の仕事を見て、それを何回も復習するという感じでした。怒られたことはなかったですね。家に入れば普通のおじいさんと孫でしたよ」

あの棟方志功が「紙の神様」と呼んだ!

「榮四郎さんの和紙の特徴とは、どんなものなのでしょうか?」と内山キャプテン。

「伝統の手すき和紙と民藝運動が合体した、いわゆる異業種交流ですかね。時代の要請に順応したということでしょうか」と信一郎さん。 榮四郎は、民藝の創始者・柳宗悦と出会い、自らも民藝運動に参加。イギリスの陶芸家バーナード・リーチ、河井寬次郞、濱田庄司、板画家・棟方志功らと親交を深めています。

中でも棟方志功は、榮四郎から「紙は大事。紙が悪いと作品がボロボロになる」と教わり、「紙の神様」と榮四郎を呼んだのだそうです。

安部榮四郎記念館に隣接するのは、手すき和紙伝習館。気軽に、手漉き体験ができるスポットで、松江市役所の国際交流員であるフランス出身のファビアン隊員と、もちろん内山キャプテンも挑戦しました。

なんと何度も当地を訪れ、その都度、手すき体験しているというファビアン隊員。「もしも私が本格的に手すきをやったら、どれくらいでものになるのでしょうか」と興味が尽きません。

ファビアン隊員は、去年だけで6回、フランスからのお客様を安部榮四郎記念館・手すき和紙伝習館に案内したほどの松江の達人のひとり。

出雲の和紙は、日本人のみならず、海外の人々も魅了する匠の手仕事なのです。

【アクセスについて】

  • ●安部榮四郎記念館へのアクセス/JR松江駅よりバスで約40分

  • ●島根県松江市八雲町東岩坂1754

山陰いいもの探県記

一覧

安部榮四郎記念館